[書評]大韓民国が尋ねる -完全に新しい国、文在寅が答える
[書評]大韓民国が尋ねる -完全に新しい国、文在寅が答える
  • 徐台教(ソ・テギョ) 記者
  • 承認 2017.02.07 12:30
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早ければ4月にも繰り上げ大統領選挙が実施されると見られるなか、昨年11月から世論調査で不動の支持率一位を維持し続ける文在寅(ムン・ジェイン、元共に民主党代表)氏に、あらゆる角度から迫った書籍を紹介する。1月20日に発売され、すでに数万部を売り上げるベストセラーとなっている。

次期韓国大統領候補1位・文在寅氏の人柄を理解するための書

対談形式で編まれた本書では、朝鮮戦争時の1950年に北からの避難民として南の地を踏んだ父の話から、貧しい少年期、そして青年期の挫折と釜山での弁護士時代、故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の最側近として政治に関わりを持った後半生までの心情を、文氏が余すことなく語っている。

対談は昨年秋から冬にかけ、3度にわたり行われた。著者は文学者のムン・ヒョンヨル氏。本業の詩や散文をはじめ、四書五経から美術まで幅のある博識を披露し「口数が少ないとされる」文氏からユーモアや悲哀など多彩な表情を引き出すことに成功している。記者出身だけあって、時事問題に対する質問もしつこく行っており、単純な「文在寅礼賛」本にとどまるまいとする努力がうかがえる。

本書表紙。韓国の有力大統領候補は必ず選挙戦前に本を出す。写真は筆者撮影。
本書表紙。韓国の有力大統領候補は必ず選挙戦前に本を出す。写真は筆者撮影。

文在寅氏のストーリー性を補完

筆者(徐)は、韓国に居を構えて15年になる。その間、3度の大統領選挙があった。02年は盧武鉉氏が、07年は李明博(イ・ミョンバク)氏が、そして12年には現職の朴槿恵(パク・クネ)氏が当選した。当選の理由は多岐にわたるが、筆者はこの3人の共通するものとして、相手候補より「ストーリー性」で優位に立っていた点に注目する。

例えば盧氏の場合は「商業高校卒業の人権弁護士で、国会議員となった後も権力と闘い続け、韓国の東西にある地域感情を乗り越えようと実践してきた過去」があったし、李氏の場合は「一介の社員から韓国最大の建設会社の社長にまでのぼり詰めた、高度成長期を体現したサラリーマン神話の主人公」との印象が広く膾炙された。

朴氏の場合は「凶弾に両親を奪われた悲劇のプリンセス、私利私欲を捨て国家に献身する真の政治家」という風に、国民にとって共感と理解のハードルが低い候補がいずれも当選したのだった。

2012年の大統領選挙に敗れた文在寅氏のウィークポイントは他でもない、ここにあった。文氏は11年に「運命」というタイトルの本を自ら書き、30年来の親友であり同志であった盧武鉉大統領が09年に自殺してしまったことにより、運命に導かれるように政界入りした経緯を綴った。

だが、当時の韓国国民にとって文在寅氏は最後まで盧武鉉氏のアバター(分身)のように映っていたのかもしれない。盧武鉉と文在寅両氏の違いは良く分からず、文氏自身も本書で述べている通り「国民のあいだに広がりを持って受け入れられなかった」ため、僅差で朴槿恵氏に敗れた。

この点を意識したのか、本書には盧武鉉氏の名前は少ない。文在寅という一人の政治家が何をどう思って生きてきたのか、そして「盧武鉉を超える可能性はどこにあるのか」を読者、ひいては韓国の有権者が探し出せるように作られている。文氏の弱点を補完するための本とも言え、まぎれもなく政治的な意図を持った本である。

文在寅氏は「北朝鮮寄り」なのか?

本書に書かれた文在寅氏の人生はドラマチックで、韓国現代史と共にあると言っても過言ではない。

文氏は朝鮮戦争さなかの1953年1月、釜山(プサン)市の南・巨済島で生まれた。父は遡ること3年前の1950年12月、歴史に残る「興南(フンナム)撤収作戦」の際に、米国の貨物船「メロディス・ビクトリー号」に乗り北朝鮮を脱出、同月に巨済島の難民キャンプに到着し、韓国での生活を始める。生涯、故郷の地を踏むことは無かった。まさに映画「国際市場で逢いましょう(14年)」のようだが、文氏は実際、釜山市の中高へと進み国際市場で青春を過ごす。

文氏はその後、朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権下で民主化を求める学生運動を主導し逮捕され、大学も退学となる。その後、徴兵制度のため入隊し、特殊部隊である「陸軍特殊戦司令部(特戦司)」に配属される。当時の旅団長は後に軍事クーデターで政権を握る全斗煥(チョン・ドゥファン)。軍にいた1976年には板門店で北朝鮮と韓国および国連軍の軍事衝突「ポプラ事件」も起こり、文氏の部隊が解決のために投入されるエピソードなども明かされる。

もっとも、こうした内容は韓国では新しくない。2012年の立候補時にも触れられた内容だ。ただ、あえて繰り返すのは、支持率で独走する文氏にしつこく付きまとう「従北(北朝鮮寄り)」という批判をじゅうぶんに意識してものと読める。

文氏は父が共産主義を逃れてきた避難民であることや、自身の徴兵経験をもとに「従北であるはずがない。思想問題でいちゃもんをつけるな」とし、「悪意をもってレッテルを張ることで国民同士を敵と味方に分けて争わせてきたのが、これまでの保守政権のやり方」と、李明博・朴槿恵両政権下で国民が分断されたと逆にやり返す。

ソウルの中心・光化門広場に設けられている「セウォル号惨事 犠牲者および未収拾者 光化門焚香所」。2014年4月16日に起き、死者295名、行方不明者9名を出した。この痛ましい事故の真相究明への想いは、事故当日の朴大統領「疑惑の7時間」と相まって「ろうそくデモ」に参加する市民の強い動機となっている。
ソウルの中心・光化門広場に設けられている「セウォル号惨事 犠牲者および未収拾者 光化門焚香所」。2014年4月16日に起き、死者295名、行方不明者9名を出した。この痛ましい事故の真相究明への想いは、事故当日の朴大統領「疑惑の7時間」と相まって「ろうそくデモ」に参加する市民の強い動機となっている。

文在寅氏が語る「真の保守」と「ニセの保守」

本書ではさらに、文在寅氏の「保守的な」部分にも多く触れている。この点は筆者にとって新鮮だった。文氏は保守の価値を「家族、国家と民族、共同体をより大事にし、そのために犠牲になり献身するもの」と定義する。著者のやや感傷的な部分にほだされた感もあるが、日本の植民地時代に「満州」で明日も知れぬ独立運動に人生を捧げた先達への想いや、韓国の民主化のため献身した民主運動家を例に、「真の保守」について熱く語る。

特に、1996年に起きた「ペスカマ号事件」の弁護にまつわるエピソードは一読の価値がある。遠洋漁船で働き始めた中国朝鮮族の船員たちが、雇用主の韓国人船員の暴力に耐えかね暴発した事件を「人権という立場」から捉えなおし、死刑から無期懲役への減刑を実現したくだりは、法律家としての正義感と民族意識とが同居するスケールの大きい民族主義者として、読者に文氏を再認識させることだろう。

文氏はさらに、先述した保守の定義に照らし、朴槿恵政権の「セウォル号事件」への対応も全く合点がいかないとする。家族や子供を守れなかったばかりか、真相究明を求める遺族が決死の断食を続ける中でも、あるいは大統領府・青瓦台の前で数十日にわたりテントを張りろう城しても、一人として話を聞きにこなかった現政権の面々を痛烈に批判している。

自身が盧武鉉大統領当時、青瓦台で勤務する際には、毎日青瓦台前でデモやろう城している人に声をかけていたという過去と比べながら、韓国の保守がいかに名ばかりの保守なのかを、これでもかと訴える。

文在寅氏最大の公約は「公正性の回復」と「共同成長」

文在寅氏は、大統領になりたい最大の動機として「公正性の回復」を挙げる。だが例え大統領になれたとしても、文氏の言う通り不公正がまかり通る今の韓国社会では、今後も攻撃を受け続けることになるだろう。だからこそ「結局は国民の支持があってこそ、既得権を持った勢力と闘える」とし、そして「『ろうそくデモ』の民心が生きている今こそがその適期だ」と支持を呼び掛けている。

さらに国家ビジョン「共同成長」を提示し、これを「経済民主化」が実現した姿であるとする。2012年、前回の大統領選挙から一躍、与野党候補の誰もが掲げるお決まりの公約となった「経済民主化」は、韓国の憲法にも明文化されている内容だ。

憲法119条には「国家は均衡のある国民経済の成長および安定と適正な所得の分配を維持し、市場の支配と経済力の濫用を防ぎ、経済主体間の調和を通じた経済の民主化のために経済に関する規制と調整をすることができる」とある。これを受け朴槿恵政権は「公正な分配」を約束したが、「朴槿恵・崔順実ゲート」で明らかになっているよう政経癒着はそのままに、庶民の生活は無視され続けてきた。

文氏は、「政治的な民主主義」の不在にその答えを求め、「今の韓国は1人1票ではなく、1ウォンが1票の時代だ」と指摘する。政治的な民主主義の先に経済的な民主化があり、その先に福祉中心の民主主義があるとのビジョンを示す。

光化門広場で14週にわたり週末ごと行われている「ろうそくデモ」。朴槿恵大統領退陣から政経癒着などの「積弊(積み重なった問題)清算」まで、幅広い内容が扱われている。2017年2月4日撮影。
光化門広場で14週にわたり週末ごと行われている「ろうそくデモ」。朴槿恵大統領退陣から政経癒着などの「積弊(積み重なった問題)清算」まで、幅広い内容が扱われている。2017年2月4日撮影。

「支持者のための本」の域を出ずとも

個人的に最もズシリと来たのは「これまでずっと攻撃を受ける側として生きてきた」という告白だった。人生を通して弱者の側に立ち続けてきた重みにはうならざるを得なかった。

自らを「鍛えあげられた」と称する文在寅氏。本書を額面通りに受け取るならば、その人間的魅力は、格差や不公正にあえぐ韓国社会における大統領のものとして、間違いなく及第点といえる。ただ、政治は人柄だけでできるものではない。過去、苦杯を舐める理由となった「広がりの無さ」の克服について、本書がどこまで役立つのかは未知数と言わざるを得ない。

著者ムン・ヒョンヨル氏自身が文在寅氏に心酔している感が強く、最後まで礼賛本としての域を出ることがなかった点が惜しまれるものの、韓国ナンバーワン人気の政治家の人柄を知るにはもってこいの一冊である。政策的については、今後、党内他候補との予備選挙、そして大統領選挙を通じ明らかになっていくことだろう。(ソウル=徐台教)

付記
本書では韓国国内政治、経済、北朝鮮との関係、外交、日本そして米国とのTHAAD導入などの政策懸案について、文在寅氏がコメントしている。だが、詳細なデータや政策の期日、実現方法などに触れていないため、あまり意味をなさない。今後、文在寅氏の政策集が出る際に最新のものにアップデートされるだろうから、現時点では詳述しない。ひとまず、読者の関心が大きいと思われる内容については抜粋の形で近々、別途掲載する。

書籍データ
題名: [書評]大韓民国が尋ねる -完全に新しい国、文在寅が答える
原題: 대한민국이 묻는다 완전히 새로운 나라, 문재인이 답하다
著者: ムン・ヒョンヨル
ページ数:360ページ
価格:17,000ウォン
出版社:21世紀ブックス(21세기북스)
発行日:2017年1月20日